「毒親はいつから毒になったのか」——私の母が変わった日

体験談
「あなたの親は、最初から毒親だったの?」そう聞かれると、少し言葉に詰まってしまう。
そうだったかもしれない。でも、そうじゃなかった気もする。
私の中で、母が“変わってしまった”と感じた出来事がある。
それが、両親の離婚だった。

家族だった頃の記憶

小さかった頃、私にも“家族”があった。
父と母がいて、休日にはみんなで外に出かけていた。
動物園、水族館、テーマパークいろんな場所で写真を撮って、アルバムを作って。
楽しくて、誇らしくて、自慢の家族だった。
誕生日も、クリスマス、イベントというイベントは必ず祝ってもらっていた。
あの頃、家族が“壊れている”なんて思ったことは、一度もなかった。

クリスマスの違和感

小学1年生のクリスマス。
その年、母が外出をしたのを覚えている。
毎年家でクリスマス会をしていたのに、母がいない。
不思議に思って父に「ママはどこに行ったの?」と聞いたら、 「友達とご飯に行ったんだよ」と返ってきた。
でもそのときの父の表情は、どこか寂しげで、少し怒っているようだった。
私はその空気に、はっきりと気づいていた。
「それ以上聞いてはいけない」と、幼いながらも感じた。

父の背中

ある日、父が荷造りをしていた。
家にある荷物を次々と車に積んでいく後ろ姿を、私はただ見ていた。
「どこに行くの?いつ帰ってくるの?」そう聞いた私に、父は「泊まり込みで仕事なんだ」と答えた。
今思えば、そんなわけない。
でも当時の私は、心のどこかで不安を感じながらも、
「そうなんだ!いってらっしゃい!」と笑顔で見送ってしまった。
それが、父との最後の日だった。

離婚の知らせ

その後、母から言われた。
「パパとママ、別れたの。これからは二人で暮らしていくのよ。」
たったそれだけだった。
詳しく聞きたかったけれど、母の表情や声のトーンから
“これ以上聞くな”という空気を感じ取ってしまった。
私は、うなずくことしかできなかった。

母が変わった日

離婚後、私は母に引き取られた。
でも、母は以前とはまるで違っていた。
それまで優しかった母が、少しずつ冷たくなっていった。
いつもイライラしていて、私にあたるようになった。
「お父さんのせいでこうなったのよ」「あなたはお母さんの味方でしょ?」
そんな言葉が、日常になっていった。
私は何も言えなかった。
どうして母はそこまで怒っているのか、私には分からなかった。
だけど、母を傷つけたくなかったし、怒らせるのが怖かった。
本当は「そんなことないよ!パパは優しいよ!」と言いたかった。
でも私は、ただうなずくことしかできなかった。

父の記憶

それからは、父と会うことも許されなかった。
電話も、手紙もなかった。
気がつけば、父の声も顔も、だんだん思い出せなくなっていった。

最後に

「毒親」と呼ばれるような関係は、一瞬で始まるものじゃなかったと思う。
だけど、確かにあの離婚をきっかけに、母は何かを失って、そして変わってしまった。
この続きを、少しずつここに書いていきたいと思う。
あの頃の私の心の中に、ずっとしまい込んでいた記憶を。
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